開催中

オープン・プログラム
Hiroshima MoCA FIVE 25/26

2025年12月20日(土) — 2026年3月1日(日)

「記憶」をテーマに、いまを見つめ直す5つの表現
 
美術館のリニューアルオープンにあわせて生まれ変わった公募展「Hiroshima MoCA FIVE」。第2回となる今回は、「記憶」をテーマに、応募総数280件のプランの中から、広島市現代美術館と特別審査員・服部浩之氏(東京藝術大学大学院准教授、国際芸術センター青森 館長)によって選出された5名/組の作品を紹介します。5つの視点から紡がれる「記憶」のかたちをご覧ください。
 
出品作家
イタイミナコ、臼井仁美、宇留野圭、桑名紗衣子 長坂絵夢、洪鈞元

Open Call「Hiroshima MoCA FIVE 25/26」

入選作品

イタイミナコ 《慎太郎も存在してるしあの犬も存在してる》2025

イタイミナコ

《慎太郎も存在してるしあの犬も存在してる》

私の街には、AI に「慎太郎」と名をつけて語りかける人や、犬のぬいぐるみに景色を見せるように振る舞う人がいます。これらの行為は、虚実の境界に揺らぎを生じさせます。基町高層アパートの地下倉庫には、長い時間を経て手放せず残された物たちが静かに積み重なり、生活の痕跡や地域の歩みが終わりきれずに行き場を失い、眠ったままにいます。埃をまとった欠片と向き合うとき、住民の語りは虚実をにじませ、像を結ぶように立ち上がってきます。
本作品ではこうした「確かにある何か」が、一定の距離を保った、たゆたう影のインスタレーションとして地下から地上へ、個人の輪郭から社会の層へと波紋のように広がり、そっと照らし出します。
また、掘り起こしから収集された住民の語りの質感を自分の身体に通し、声や仕草を憑依的に演じるパフォーマンスをおこないます。「残されるべき広島」と「語られなかった広島」のあいだをにじませ、文字にとどめきれない質感もふくめ作品の内側でそっと昇華していきます。
被爆や復興の語りに加えてAIとの恋やぬいぐるみの生命をめぐる声もふくめ、溢れ出た出来事や感情をひきうけ続けている広島の人々の姿が本作の構成を支える要素となりました。

臼井仁美《ケズリカケの木々》2025

臼井仁美(うすい・ひとみ)

《棚に枝、柱の気息、ケズリカケの木々》

近年取り組んでいる活動は、⼈々が道具や家具として役割を乗せて使⽤してきた木製品を、削ったり削り取らずに⽊⽚を残して作る“ケズリカケ”と呼ばれる⽅法で装飾し、木製品が⽊であった記憶を再び表出させること、同時にその⽊製品の持ち主であった人の記憶に接するもので、2022年に秋田県、2025年にノルウェー、そしてこの度の広島での制作に繋がっています。
ケズリカケる行為を通して、木製品が持ち続けていた木としての生命現象が再び解読され、枝葉を伸ばす姿が戻り、用途は無効化されます。持ち主の方との対話を通して伺うエピソードは、個々のひたむきな日常の中にあった人と木の関わり、歴史的情報や記憶を記録するものです。
信仰の領域にもありながら木工の制作過程で意図せずとも現れては削り落とされるケズリカケと、役割を終える木製品へ目を向けることは、私たちの意識の中心からこぼれ落ち、周縁へ追いやられてしまうものへの眼差しであり、手元にあるものとの親密さの回復と、あるいは弔いへの思いを抱く精神的な実践です。
広島での制作に寄せて頂いた木製品と人々の記憶は、私たちの生活の中に残る森、織りなす意味を携えた森を知らせてくれます。

宇留野圭 《26の部屋》2023 [参考作品]

宇留野圭 (うるの・けい)

《40の部屋》

舞台芸術や映画のセットを模した張りぼての造作によって構成された40個の部屋が、複数のダクトによって繋がれ、一つの大きな機械や街並みのような集合体を形成している。各ダクトにはタイマー制御のファンが取り付けられており、部屋の空気を排気しながら循環させている。また、ダクト内部にはパイプオルガンの構造が施されており、空気が流れ込むたびに音へと変換され、展示空間全体に鳴り響く仕組みとなっている。
伽藍堂の部屋内部は、全面グレーで抽象的で無機質、スケール感の曖昧な虚構の世界を象徴的に表現している。
私は「記憶」を思い描くとき、「記憶に蓋をする」などの言葉の様にしばしば箱に閉じ込められた空気のようなものを想像する。それは、断片的でありながら体系的でもあり、曖昧でありながら明瞭でもあり、可変的でありつつ不変でもあるという、捉えどころのない存在である。こうした抽象的な記憶を“見えない空気”として捉えて、箱としての部屋、そして空気が音へと変換されるプロセスを通じて、その輪郭を浮かび上がらせ、記憶そのものの構造化に試みている。

桑名紗衣子 長坂絵夢 《私達の霧箱》 2025

桑名紗衣子 長坂絵夢(くわな・さえこ ながさか・えむ)

《私達の霧箱》

《私達の霧箱》の制作にあたって、10月20日に本会場を訪れ、拡散霧箱を使って放射線を可視化する実験を行った。その様子を撮影し、それらの資料をモチーフにしている。「霧箱」とは、1927年にノーベル物理学賞を受賞したチャールズ・ウィルソンが発明した実験器具の名称である。地球上のどの場所においても放射線は確実に存在しているが、速く・波長が短く、普段は目に見えず、霧箱を使って可視化に成功したとしても数秒で消えてしまう。私達はこの霧の軌跡を人間が「記憶する」知覚感覚と結びつけて考えてきた。そして、この実験行為は、被爆地の記憶を持つ広島の地において特別な意味合いを持つだろうと考えている。人間が「記憶する」知覚感覚と、他者に伝えようとした途端にカタチを失ってしまう「記憶」の物理的な不確かさの双方の有り様を捕まえ、相対的に伝えるために「編む」「模刻する」といった、できるだけ凡庸な方法を使っている。
桑名・長坂は、それぞれが20年ほど素材・物質と向き合い(主に、桑名はセラミック・長坂は鉄)、立体表現を展開してきた作家である。2人は各々の制作において、社会的時間概念から逸脱するように思える素材の物質反応を目のあたりにした経験を持つ。昨年から、協働してそれらの物質反応を捉える実験を行い、新たな表現を模索している。

洪鈞元《義方―記憶の帰還》2025

洪鈞元(ホン・ジュンユェン)

《義方—記憶の帰還》

《義方—記憶の帰還》は、作家の妻の祖父である林義方を中心に、記憶・歴史・地景の交錯を通して、彼が植民地期に日本へ留学し、広島原爆を生き延びたその生涯をたどる作品である。この展示では 、1930 年代の広島と嘉義の古地図を起点に、林義方がかつて生活し学んだ空間的な脈絡を再構成する。作家は妻とともに祖父の足跡をたどって広島を訪れ、成績表、通信記録、罹災証明書、踏査映像などを通じて個人の記憶を具体化している。また、林義方と台湾籍被爆者である莊司富子の幼少期の住まいは隣接しており、二人はいずれも青年期に広島へ進学している点で、互いに呼応する平行した軌跡を示す。作家はさらにアメリカへ赴き、莊司富子の娘みのりを訪ね、原爆資料や手稿を入手し、記憶の探究を地域と世代を越えて広げている。一方、本展では広島大学の川口隆行教授へのインタビューを通じて、長く顧みられてこなかった台湾人被爆者の歴史を明らかにする。最終的には、散文的な映像によって全体を結び、家族の記憶と歴史への思索に応答している。

基本情報

会期
2025年12月20日(土) — 2026年3月1日(日)
開館時間
10:00–17:00

会場
広島市現代美術館 展示室B-2、B-3
休館日
月曜日(ただし1/12、2/23は開館)、年末年始(12/27—1/1)、1/13(火)、2/24(火)
観覧料
無料
主催
広島市現代美術館
協力
ゲストハウスakicafe inn

イベント・カレンダー

開館時間10:00-17:00
TEL082-264-1121