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特別展
金光松美

1998年4月6日(月) — 5月5日(火)

少年時代、広島市安佐北区で育つ。
戦後、世界の現代美術の檜舞台NY及びLAで活躍。
国際作家の日本ではじめての回顧、追悼遺作展。
広島時代ーカネミツ・マツミ(金光松美)は1922年、アメリカ、ユタ州オグデン(ソルト・レイク・シティー約50km北方)に生まれました。両親は広島県安佐郡落合村(現、広島市安佐北区落合南)出身。オグデンでホテルと床屋を営んでいました。3歳から16歳まで落合の祖父母のもと、落合尋常小学校、崇徳中学校に通います。16歳で単身渡米。一年後、広島に戻り、教員養成所に通いますが、1940年(昭和15年)再び船で渡米。以後、職業を転々、アメリカ陸軍に入隊。従軍画家としてヨーロッパ各地を廻り、ピカソやマチス達と交友があったと言われています。
ニューヨーク時代ー除隊後、ヨーロッパでレジェに学んだ後、1951年、ニューヨークに移り、アート・スチューデンツ・リーグの日系人画家、国吉康雄(岡山県出身)のもとで学びます。学友にラウシェンバーグやジェンキンス等がいました。今日、アメリカ美術を語る時、欠かせない画家達、クライン、ポロック、デ・クーニング等の交友もありました。彼等からはマイク・カネミツと呼ばれていました。国吉没後、当時のニューヨーク画壇の主流、抽象表現主義に加わります。著名な美術評論家ハロルド・ローゼンバーグの支持を得て、抽象表現主義第2世代の作家として、現代美術の檜舞台で活躍しました。
ロサンゼルス時代ー1965年、ロサンゼルスに移居。オーティス美術学校、州立バークレイ校教授等を歴任、西海岸の現代美術振興に尽力しました。またタマリンド版画工房でリトグラフ(石版)の優れた作品を創作しています。
日本とアメリカ、二つを祖国に持つカネミツ・マツミは、「具体美術」の吉原治良、前衛書家の森田子龍、比田井南国、版画家の池田満寿夫等、数多くの日本の美術関係者と交友。日米双方の文化に橋を架ける役割を果たし、1992年5月11日、享年69歳、ロサンゼルスで亡くなりました。
この展覧会は、日本で初めてのカネミツ・マツミの回顧展であり、追悼遺作展です。

基本情報

会期
1998年4月6日(月) — 5月5日(火)
開館時間
10:00–17:00

※入場は閉館の30分前まで

休館日
会期中無休
観覧料
一般910(730)円、大学生680(540)円、小中高生450(360)円 ※( )内は前売り及び30名以上の団体料金 ※5月5日(こどもの日)は高校生以下無料
主催
広島市現代美術館、中国新聞社、中国放送
後援
広島県、広島県教育委員会

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