ゲンビどこでも企画公募2014

募集期間:2014年7月1日(火)~ 8月31日(日)
展覧会:2014年11月1日(土)~11月24日(月・休)

■ 応募総数 98件
■ 特別審査員 倉本美津留、八谷和彦、福住廉

入選作品・展示風景


うしお《原爆下の対局》
倉本美津留賞


関川航平《風邪をひいて、なおす》
八谷和彦賞,観客賞


水口鉄人《Tape Painting》
福住廉賞


吉田理沙《viewing》
オリエンタルホテル広島賞


五十嵐 純《借景 –月- 》


大村洋二朗《KAMISAMA MADE》


長 雪恵《夢と現実を旅する物語》


福永 敦《ここではないどこか》

特別審査員・講評

倉本美津留(放送作家、ミュージシャン)

自分は芸術作品に対する評価の基準として自分のオリジナルの尺度『アーホ!』を用いる。『アーホ!』は、大阪の最上級の誉めことば『アホ』と『アート』を掛け合わせたもの。大阪人の、とんでもなく堪らないものと遭遇したときに感激と愛情を持って発する「アホやな~~~」は、今までに体験したことのない感動を図らずも起こされたときに口をついて出てくる。
芸術の役割とはそういうものを意図的に生み出し、世の中に新しい感動の数を増やすことだと思っている。「わ!こんな表現があったんだ!」と見た者に、見る前と見た後で確実に感覚の変化をもたらす作品。そうであるかどうかを一番重要視する。
今回も、その基準で審査し、いくつかの『アーホ!』に出会えてとても有意義だった。ヒグマを脱色してパンダにした小森崇の実行力に『アーホ!』を感じたし、実際の戦争体験の言葉を若者に覚えさせて自分のことのように話させる渡邊詩子の時空超えに『アーホ!』を感じた。環境音を徹底的にオノマトペに変換するという福永敦の執拗さにも『アーホ!』を感じたし、0円銀貨で貨幣価値に刺激を与えようとする長田恵吾の試みにも『アーホ!』を感じた。そんな中、広島というこの地に実際にあった重要な出来事をシンプル・イズ・ストロングに痛烈なメッセージとともに、既視感のない表現に至らせた、うしおの視点と発想とテクニックに今回一番の『アーホ!』を感じた。

放送作家として、「ダウンタウンDX」、Eテレのこども番組「シャキーン!」、「アートバラエティ アーホ!」などを手がける。これまでの仕事に「ダウンタウンのごっつええ感じ」、「M-1グランプリ」、「伊東家の食卓」、「たけしの万物創世記」他。
またミュージシャンとしても活動。
近著にことば絵本『明日のカルタ』。

八谷和彦(メディア・アーティスト、東京藝術大学准教授)

最近いくつか公募展の審査などをやらせていただいていて、どの審査でも切実に悩みながら作品プランを採点をしていくのだが、今回は設定されている場所などが様々ということもあり、割と単純に「いち観客としてこの作品を見たいかどうか?」で決めるようにした。
基準をそう決めてしまえば案外審査はスムーズで、いくつかの作品には大いに興味を惹かれた。例えば、音を声に変換して館内を別の空間に変容させる福永敦の《ここではないどこか》、小石を使って光庭の中に月の庭を作る、五十嵐純の《借景 -月- 》、映像と彫刻とノイズライブによるパフォーマンス作品、飯島浩二《犬振るシッポ》、受付カウンターというどこの美術館にもかならずある設備をありえない高さに変更する、齋藤美沙《your information》など、「これはぜひ見たい!」と思う作品がいくつもあり、それらには高評価をつけた。

 ただ、最終的に個人賞に推したのは、結局それとはやや異質の、関川航平《風邪をひいて、なおす》だった。意図的に風邪をひき、期間中ベッドを館内に持ち込み、作家がそこで寝てなおす、というプランは、ユニークではあるものの、おそらく実現は相当に困難な気もする。また実現したとしても、そこに展示されるのは本当に風邪をひいているのかすら定かではない、パジャマ姿の作家だけなのだw。だがしかし、今の自分は、無難に、普通に出来るものではない、ぎりぎりのものをこそ見たい、とも感じていて、そういう観点でこの作品を個人賞に選ぶことにした。

 

Photo: 米倉裕貴

1966年4月18日(発明の日)生まれの発明系アーティスト。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業、コンサルティング会社勤務。その後(株)PetWORKsを設立。現在にいたる。 
作品に《視聴覚交換マシン》や《ポストペット》などのコミュニケーションツールや、ジェットエンジン付きスケートボード《エアボード》やメーヴェの実機を作ってみるプロジェクト《オープンスカイ》などがあり、作品は機能をもった装置であることが多い。 
2010年10月より東京藝術大学先端芸術表現科准教授。

福住廉(美術評論家)

応募作の全般的な傾向はとくに見当たりませんでした。あるのは、おもしろい作品か、そうでない作品か、それだけです。だから審査はきわめてスムーズに進行しました。 特別審査員賞もすぐに決定しました。

水口鉄人くんの作品《テープ・ペインティング》は、一見すると「だまし絵」の手法によって美術館の制度を撹乱するノイズとして考えられますが、むしろ絵画の正統として評価するべき傑作だと思います。20世紀の絵画はイリュージョンを否定して平面性を追究してきましたが、やがて隘路に陥り、今世紀以後、イメージの再現性へと大きく旋回していきました。しかし、水口くんの作品は絵画の平面性の上でなお格闘しているように見えます。平面性を追究していけば、キャンバスと絵の具の厚みは限りなく薄くなり、結局はキャンバスと一体化するほかない。ではどうするのか。水口くんの答えは、キャンバスの平面性にガムテープという別の平面性を重ねるというものでした。キャンバスとガムテープはほとんど一体化していますが、あのガムテープのシワの厚みによって、私たちは逆説的に絵画の平面性を強く意識するのです。かつてフォンタナはキャンバスに裂け目を入れて平面性の議論にとどめを刺しましたが、水口くんのガムテープはもしかしたらその裂け目を修繕しているのかもしれません。

入選にはいたりませんでしたが、その他では久保寛子さんの《キス》、長田恵吾くんの《0円玉》、山根秀信さんの《食卓の上の廃虚》を高く評価しました。 久保さんのブランクーシを模した彫像作品は、時の経過とともに崩れゆくことで、モダニズムの終焉とデートスポットである美術館に訪れる恋人たちの終わりを示唆する、批評的な悪意のある作品で、好感をもちました。 長田くんのプロジェクトは美術館のチケットカウンターでおつりを渡す際、一枚の0円玉をこっそり忍ばせるというものですが、もし実現していたらおもしろい事態になっていたことでしょう。0円という無価値なものを安易に排除するのではなく、大切にしながら楽しむことで別の価値を育んでいくことにこそ、アートの醍醐味があったはずです。 山根さんの作品は日常用品を石膏で型取りしたものを都市の風景に見立てたインスタレーションですが、それぞれを爆心地に向けて設置することで、現在と過去をつなぐモニュメントとして構想されていました。真っ白な都市風景の向こうに爆心地を見通せば、あるいは未来が見えていたのかもしれません。

 

美術評論家。1975年生まれ。 九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程単位取得退学。 著書に『今日の限界芸術』、共著に『路上と観察をめぐる表現史』、『現代アートの本当の学び方』など多数。「artscape」、「共同通信」、「Forbs JAPAN」で毎月展評を連載しながら、美術誌や新聞、展覧会図録、作品集などに寄稿している。 また展覧会の企画として、「21世紀の限界芸術論」(gallery MAKI、2005〜2011)、「里山の限界芸術」(まつだい「農舞台」、2012〜)がある。 現在、東京藝術大学大学院、女子美術大学、多摩美術大学非常勤講師。

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