被爆70周年を迎える2015年、広島市現代美術館では「ヒロシマを見つめる三部作」と題し、原爆被害をうけた広島の過去を振り返り、
復興の軌跡を見つめ、「今」そして「これから」を考える、3つの異なる視点に基づいた展覧会を連続開催します。
70年前の8月、原爆投下という惨劇に見舞われた広島では、高台から撮影された写真などによって、壊滅の実状が明らかにされました。その後、建築家の丹下健三によって平和記念公園を含む都市計画として提示された、鳥の目で俯瞰したプランは、広島が平和都市として象徴的な存在となっていくための未来へのビジョンを明示しました。本展では、空から見つめた喪失と再生、二つの広島の姿を出発点として、ある対象を高みから一望する「俯瞰」の視点でとらえた都市や場所の過去を振り返り、現在を見つめる表現を紹介します。
普段は、目線の高さで見ている場所や物事を、高いところから見渡してみると、それまでは気づかなかった部分が見えるだけでなく、その場所や物事の全体像が見えてくるでしょう。混迷を極め、先行きに不安を覚える今の時代においてこそ、事態の把握を可能にする「俯瞰」の視点は、私たちの進むべき方向性を見極めるための手がかりを与えてくれるでしょう。
会期 | 2015年10月10日(土)~12月6日(日) |
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開館時間 | 10:00~17:00 ※入場は閉館の30分前まで |
休館日 | 月曜日 [ただし、10月12日(月・祝)、11月23日(月・祝)は開館。 10月13日(火)、11月24日(火)は休館] |
観覧料 | 観覧料:一般1,030(820)円、大学生720(620)円、 高校生・65歳以上510(410)円 ※( )内は前売りおよび30名以上の団体料金 |
主催 | 広島市現代美術館、中国新聞社 |
後援 | 広島県、広島市教育委員会、広島エフエム放送、尾道エフエム放送 |
ジャナーン・アル・アーニJananne Al-Ani (1966-)
キルクーク(イラク)出身のアル・アーニは、土地や国に備わる大きな歴史的、政治的背景が個人の小さな物語や家族の歴史にどのように作用するかをテーマに、写真や映像作品として発表してきた。 1991年の湾岸戦争時、衛星や偵察機が撮影した映像による報道を見て、現代の戦闘における偵察と攻撃の技術に関心を抱き、第一次世界大戦後期にアメリカからの遠征空軍が撮影した西部戦線の航空写真を調査し、「消滅の美学:無人の土地」という作品シリーズを展開。そのシリーズの一つ《シャドウ・サイトI》(2010)は、標的や特定の場所を探し当てようとするパイロットやドローンのオペレーターによる偵察の視点に着想を得て、中東の風景を空撮した映像作品である。
《シャドウ・サイトI》
2010
©Jananne Al-Ani, Courtesy of Mori Art Museum
マシュー・デイ・ジャクソンMatthew Day Jackson (1974-)
ワシントン大学で版画制作を学び、版画制作者として勤務した後、ラトガース大学メイソン・グロス芸術学校で学ぶ。枯れ木やリサイクル品、ネオン、骸骨など、さまざまな素材を利用し、平面、彫刻、インスタレーション、写真、映像などを手がける。近年は、原子爆弾が文化にもたらした影響に着眼しながら、技術化された現代社会のユートピア的かつディストピア的な側面を浮き彫りにする。 歴史的な日付をタイトルにもつ《1945年8月6日》は、焼き焦がした木と溶解した鉛を素材に、空爆された都市の姿を表した平面作品のシリーズである。原子爆弾が投下された広島と長崎の二都市だけではなく、ワシントンDC、ドレスデン、ハンブルグ、東京、バグダッド、パリといった他都市も、同じ素材と技法で灰燼に帰した街の姿として表すこのシリーズは、核兵器の使用に制限などなく、どの都市にでも同様の惨劇が起こりうることを暗示する。
《1945年8月6日》
2009
©Matthew Day Jackson, Courtesy of the artist and GRIMM
チャールズ&レイ・イームズCharles & Ray Eames (1907-1978、1912-1988)
チャールズ・イームズは、1925年、ワシントン大学建築科に入学、1930年にセントルイスで建築事務所を設立。1941年にレイ・カイザーと結婚、「レイ&チャールズ」としての活動を開始する。 短編映画《パワーズ・オブ・テン(10の乗冪(じょうべき))》は、公園でピクニックをしているカップルの姿を真上からカメラが捉える場面から始まり、あたかもカメラが急速に上空に上がるように、太陽も銀河系も超え、宇宙空間の暗闇まで到達する。今度は、元のピクニックの場面まで戻り、男性の手の甲から中にズームし、細胞、原子といったミクロの世界を映し出す。人間的なスケールから出発し、極大から極小へ旅をとおして、それぞれのスケールではなにが見えるか、スケール同士の関係はどうなっているかをわかりやすく教えてくれる。
《パワーズ・オブ・テン》
1977
©2015 Eames Office, LLC (eamesoffice.com), Courtesy of Eames Office
林重男Shigeo Hayashi (1918-2002)
1939年、東京写真専門学校(現・東京工芸大学)を卒業。1945年9月、文部省が設置した「学術研究会議原子爆弾災害調査特別委員会、広島・長崎学術調査団」に同行、主に建物などの被害状況を撮影する物理班に所属し、原爆投下2ヶ月後の広島・長崎を撮影した。林によるオリジナルネガフィルムとプリント計233枚は、2007年、広島平和記念資料館に寄贈され、保管されている。 原爆の投下目標であった相生橋の東側に建っていた旧商工会議所の屋上から瓦礫の街を一望し、「何とかしてこの全貌を収めたい」と考えた林は、北北東方向からカメラをずらしながら一周し、広島市内を360度見渡すパノラマ写真を撮影した。高いところから広島の惨状を把握し、記録した林のパノラマ写真は、「ヒロシマ」を後世に伝えていく役割を担うこととなった。
広島商工会議所屋上から南
1945
©The Estate of Shigeo Hayashi, Courtesy of Hiroshima Peace Memorial Museum
本城直季Naoki Honjo (1978-)
東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、2004年に同大学大学院芸術研究科メディアアート専攻修了。2006年に発表した写真集『small planet』で、第32回木村伊兵衛写真賞を受賞する。高いところから街を俯瞰し、実際の風景や人物をジオラマのように撮影する技法で注目を浴び、雑誌や広告など幅広い分野で活躍。 一枚の作品には、世界の広がりを示唆するスケールの大きさと、豆粒のような家並みや人々などのディテールとが共存し、そのギャップによって現実の風景は小型のセットや模型のように見える。私たちが暮らす世界もまた、玩具のように作られた世界であることを示しながら、この世界の虚構性を強調する。
《厳島神社 広島 2012》
2012
©Naoki Honjo, Courtesy of the artist and nap gallery
石原正Tadashi Ishihara (1937-2005)
1961年に金沢美術工芸大学を卒業後、大阪読売広告社宣技部に入社するが、1969年に退社し、鳥瞰図絵師として独立。1970年の「大阪万博会場マップ」を手始めに、関西圏を中心とした都市の鳥瞰図を多数制作した。 制作にあたり、描く場所の地図や図面などの資料を入手し、ヘリコプターから俯瞰した都市の写真を撮影するなどの下準備を行う。空から俯瞰するだけでなく、地上での入念な調査も経て、コンピューターを使わず手作業による緻密な描写で完成される石原の鳥瞰図は、地図のような正確さだけでなく、石原によって生命を吹き込まれたかのような生き生きとした街の姿を伝えている。
《石原正のバーズアイマップ11NEW YORK MIDTOWN MANHATTAN 2000》
2000
©The Estate of Tadashi Ishihara, Photo by Kazuhiro Uchida (Life Market Co., Ltd.)
ル・コルビュジエLe Corbusier (1887-1965)
生まれ故郷のラ・ショー=ド=フォン[スイス]の美術学校に学び、1917年にパリに出て、画家として活動した後、1922年に建築事務所を構える。1926年に提唱した「新しい建築の5つの要点(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、横長連続窓、自由な立面)」を実現すべく、《サヴォア邸》(1929)など機能的な住空間を提案。第二次世界大戦後には、独自の尺度「モデュロール」を発表し、集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」やチャンディーガル[インド]での都市計画や大型公共建築を手がけた。 「ソビエト・パレス」とは、1931年にソビエト連邦が発表したロシア正教の聖堂を破壊した跡地への国家的モニュメントとなる施設の建設計画である。ル・コルビュジエは、1932年に開催された建築設計競技に参加。モスクワ川の動線に沿うようにして、いずれも台形の大劇場と多目的ホールが向かいあうよう対称に配置。大劇場側に大アーチを備え、屋根をワイヤーで吊る構造をもつダイナミックなデザインは、丹下の作風に大きな影響を与えることとなった。
《ソビエト・パレス模型》(縮尺1/500)
リン・シュカイ(林書楷)Lin Shu-Kai (1983-)
2012年、国立台北芸術大学大学院美術専攻修了。 バルコニーから眺めた風景から着想を得た都市像「バルコニー・シティー」シリーズで、現代社会が抱える問題や矛盾と理想の姿を表現する。かつては神しかもち得なかった、世界を俯瞰する視点は、今ではインターネットを利用すれば誰でも簡単に手に入れることができるが、人類は、自然をコントロールできるという驕りまで抱き、技術に頼りすぎるあまり自然や宇宙と呼応する力を失っている、とリンは指摘する。ヒロシマを物語るモニュメントや活気あふれる都市へと再生した広島の街を構成する建造物を参照しながら制作した新作は、リンが想像した過去と未来の姿を表している。
《バルコニー・シティーの文明シリーズ:再生した都市》
2015
©Shu-Kai Lin, Courtesy of the artist
松江泰治Taiji Matsue (1963-)
松江は、14歳でカメラを手にして以来、写真に関する技術をひととおり経験。1982年、東京大学理科一類に入学、理学部地理学科へ進む。 世界中の都市のみならず辺境の地へ赴き、平面性を強調した地平線のない構図、被写体に影が生じない順光での撮影という一貫したフォーマットで制作する写真は、隅々までピントがあっており、フラットで均質化した画像として呈示される。 本展覧会では、「JPシリーズ」の最新作を発表する。タイトルの「JP-34」とは、国際標準化機構(ISO)が割り振った地域コードで「広島」を指す。70年前にエノラ・ゲイが見た広島を、松江が空から俯瞰的に目撃し、記録したこれらの作品は、国内のみならず世界各地を旅して撮影した写真を同一平面に並べることで世界一周を体験できる、という松江による遠大な試み「地名収集」のデータベースに加えられる。
《JP-34 01》
2015
©TAIJI MATSUE, Courtesy of TARO NASU
大岩オスカールOscar Oiwa (1965-)
サンパウロ大学にて建築と都市デザインを学び、建築事務所に勤務する傍ら絵画制作を続け、1995年頃から本格的に油彩画を手がけるようになる。 大岩は、具体的な風景を手がかりとしながらも、うねりを伴うパースペクティブや、空想上の設定によって大胆な再構成を施し、時には思いがけないイメージを重ね、揺らぎと多義性をおびた寓話的な風景を現出させる。《フラワー・ガーデン》では、原爆によって破壊された広島の建物やその瓦礫が描き込まれている。 いずれの作品も、地上の営みを離れ、喧噪や情動から隔絶されたかのような高見から都市が俯瞰され、その行く末や、歴史へと向けられた洞察を起点に、情景は想像的に読み替えられ、地上の人々を静かに包み込み、祝福するかのような風景が生み出される。
《フラワー・ガーデン》(センター)
《フラワー・ガーデン》(左・右)
2004
©Oscar Oiwa, Courtesy of Museum of Contemporary Art Tokyo
ニパン・オラニウェーNipan Oranniwesna (1962-)
1986年、タイ国立シラパコーン大学絵画・彫刻・グラフィックアート学部卒業。1991年に東京藝術大学大学院版画学科に留学。 オラニウェーは、パブリックまたはプライベートな問題や時間、空間をテーマに、サイトスペシフィックな作品を制作する。制作の原動力は、世界中の都市を訪れて自身の視野を広げ、大きな視座で自分を見つめ直すことにあるという。 ベビーパウダーを使った地図作品は、触れたら簡単に崩壊してしまう。時の経過とともにその姿を変える現実の都市もまたもろい存在であることを示唆するだけでなく、場所がもつ過去の記憶と未来の姿を暗示する。
《シティ・オブ・ゴースト》
2015
©Nipan Oranniwesna, Courtesy of the artist
丹下健三Kenzo Tange (1913-2005)
1930年、広島高等学校理科甲類に入学。在学中に見たル・コルビュジエによる「ソビエト・パレス計画」(1931)コンペ案に大きな影響を受ける。1935年、東京帝国大学工学部建築学科に入学、前川國男建築設計事務所での勤務を経て、1946年、東京大学第一工学部建築学科助教授に就任、丹下研究室を設立する。 1949年に行われた、平和記念公園および記念館の競技設計に、丹下案は1等入選する。 細く繊細な独立柱によるピロティで持ち上げられた中央の陳列館の奥に鐘を吊り下げた大コンクリートアーチを配し、その先に原爆ドームが見えるように、軸線が設定された、特徴的なプランであった。丹下の言う、平和を創り出すための「実践的な機能」をもった工場と、平和を記念する「精神的な象徴」の調和を試みたこのプランは、世界へ向けて平和を発信していく使命を担う広島の進むべき道を示していたと言えるだろう。
《平和記念公園平面図》写真
1949
Courtesy of Hiroshima Municipal Archives
山口晃Akira Yamaguchi (1969-)
1994年、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、1996年、東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。 油絵具を用い、洛中洛外図のような構成や吹抜屋台など、大和絵や水墨画など日本絵画の伝統的な形式を借りながら、過去・現在・未来を自由自在に行き来し、場所がもつ記憶や痕跡などを再構築する。 山口の確かな描写力と豊かな想像力による都市俯瞰図には、それぞれの土地がもつ歴史の連続性と断絶だけでなく、環境破壊や原発といった、現代の都市が抱える矛盾や問題がちりばめられるが、その視点は決してシリアスではなく、むしろシニカルなウィットに富んだユーモアと諧謔にあふれている。
《倉敷金刀比羅圖》
2005
©Yamaguchi Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery, Photo by Kei Miyajima
大原美術館蔵
吉田初三郎Hatsusaburo Yoshida (1884-1955)
友禅図案絵師の下での奉公、三越呉服店京都店友禅図案部での勤務を経て、白馬会洋画研究所に入所する。二年後には関西美術院で絵画を学ぶ。「大正の広重」と自ら名乗ったように、風景画と大胆にデフォルメした地図とを融合させた観光絵図を得意とした。 1949(昭和24)年に刊行された『HIROSHIMA』は、写真、挿絵によって、広島の歴史、被爆後の現状や被爆者の治療など復興の様子とともに、広島を知る外国人や要人たちの証言もあわせて収録した外国人向けグラフ誌で、吉田は挿絵を担当し、広島の位置を示す日本列島の鳥瞰図(遠方にハワイとアメリカが描かれる)、被爆直前・被爆時・被爆後の広島の俯瞰図、広島城、泉邸(現在の縮景園)、産業陳列館と原爆ドームを描いている。
グラフ誌『HIROSHIMA』
1949
Courtesy of Tanefusa Yoshida and Hachinohe Clinic Machikado Museum
『ライフ』LIFE
1883年に発行された、漫画、映画、美術、娯楽、ニュースなどを紹介するアメリカの週刊誌。1936年、フォト・ジャーナリズムの方向にシフトし、主に時事ニュースを報道する週刊誌として創刊号を発行する。原爆投下後間もない1945年8月20日号の『ライフ』誌は、写真入りでいち早く広島と長崎の状況を伝えている。雑誌の表紙を飾ったのは、広島、長崎への原爆投下を含む日本本土への戦略爆撃を監督したアメリカ空軍臨時大将、カール・スパーツ。「戦争終わる 原子爆弾の炸裂によって日本はすみやかに降伏」と題した記事に、原爆投下後の煙に包まれる広島を表したドローイングのほか、広島と長崎の空を覆った二つの原子雲、被爆前後が比較できる広島の街を空から撮影した写真などが掲載されている。
《厳島図》Itsukushima-zu
日本三景の一つとして知られる厳島は、弥山を主峰とする島自体が太古より神の島として崇められてきた。江戸時代の作とされる本作《厳島図》は、島の全景が俯瞰の視点から描かれる。画面中央上部の天に向かってそびえる弥山とそこから流れ落ちる白糸の滝、海上に広がる壮麗な社殿を有し、紺碧の海に浮かぶ厳島は、金色に輝く雲と霞に囲まれるように描かれることによって、この島の神性がよりいっそう強調されている。また、千畳閣や五重塔といった島内の名所、参詣する人々で賑わう市街地、海上を往来する船の描写は、信仰・交易・名勝としての厳島の多彩な魅力を伝えている。
作者不詳
《厳島図》
17-18世紀(江戸時代)
Courtesy of Hiroshima Prefectural Art Museum
本展出品作家が自身の作品について解説します。
①ニパン・オラニウェー
2015年10月10日(土)14:00~15:30
会場:地下1階ミュージアムスタジオ
定員:80名
※逐次通訳付、要展覧会チケット(半券可)、事前申込不要
②山口晃
2015年10月11日(日)14:00~15:30
会場:地下1階ミュージアムスタジオ
定員:120名
※要展覧会チケット(半券可)、事前申込不要
※当日10:00より受付にて整理券を配布します。
展示作品などを参考にしながら、鳥の目線で、あなたの家の周りの俯瞰図を描いてみます。
2015年11月3日(火・祝)14:00~16:00
会場:1階エントランス
講師:岡本直樹(鳥瞰図絵師/イラストレーター)
対象:小・中学生(小学3年生までは必ず保護者同伴)
定員:20名
※参加無料、要事前申込(申込方法はこちら)
本展担当学芸員が展覧会について解説します。
2015年10月12日(月・祝)、12月5日(土) いずれも14:00~15:00
本展担当学芸員が展覧会について解説します。
※要展覧会チケット、事前申込不要
価格 | ページ数 | アートディレクション |
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2,300円(税込) |
128ページ | 野村勝久・坂本実央 (野村デザイン制作室) |
翻訳 | 印刷 | 発行 |
ブライアン・アムスタッツ クリストファー・スティヴンズ |
柏村印刷株式会社 | 広島市現代美術館 |
※会期終了後の購入について
売り切れ及び価格や送料が変更になる可能性がありますので、館ウェブサイトのショップページでご確認ください。